3度目の3.11

 

皆さま

こんにちは!菊地です 😀

本日の豊北町はあいにくの雨模様

 

少し肌寒く感じますが・・・それでも春が間近なのは辺りの草木などを見ていると感じることができますね♪

昨日は自宅の庭の梅の木付近でメジロを数匹目撃しましたよ♪

上の画像は私が撮影したものではありませんが・・・

梅の花にメジロという組み合わせは日本ならではの風景でしょうね(^-^)

 

 

春が目の前だった

まだ雪の残る3年前の3月11日

3月11日で東日本大震災の発生からちょうど3年。

 

時が過ぎるのは本当に早いものです。

あの時に起きた出来事は・・・

本当にいろいろな思いが駆け巡る出来事でしたし

未だに

何でしょう・・・

整理がついているようで、未だ何か整理がついていないような。

何か

さっぱりしない感覚があります。

 

でも

その震災があっての「今」

両親が被災し実家が津波で消滅後、仮設住宅暮らしだった両親が体調を崩したのをきっかけに私たち家族の生活環境は一転。

当時は全く縁もゆかりもなかった下関に家族で移住し、今はこうして生活の場を与えていただいています。

 

移住当時は全く知る人もおらず、前に行っても後ろに行っても初めて目にする場所ばかり。毎日が新しく新鮮でした。でも「この先どうなるんだろう」といった不安感はほとんどなく、知らないことだらけでも何も怖くなかった。

何故なら被災地への思いがあったから。

 

被災地も1からのスタートを切って崩れそうな気持ちを奮い立たせながら前に少しずつ前に進んでいましたから。

 

私たちも1からのスタートを切った下関市が思わぬところで私の故郷である被災地の岩手県宮古市と繋がりがありました。

 

本州の四端の都市が繋がりを持ち災害協定を結んでいました。

下関市は本州最西端。私の故郷の宮古市は最東端。(最北端は青森県大間町、最南端は和歌山県串本町)

 

その繋がりは震災発生の数年前から始まっていました。

「何ていうご縁なのだろう・・・」

と本当に衝撃を受け、奇跡的な運命に感謝する日々。

 

その心は今も変わらず。

そして

道の駅ほうほくからの被災地への支援もずっと変わらず。

今年も東日本復興支援として、東北の特産品などの売り上げを一部寄付いたします。

岩手県宮古市から直送される活ホタテや醤油漬けイクラなども販売されます。

「もっともっといろんな方面から、いろんな角度から、いろんな形で支援がしたい。」

でも

やりたい気持ちだけが先走って

焦ることや一方的な行動は避けたい

小さくても確実にできることをこれからもずーっと変わらずに

本州最西端の下関市から被災地へ向けてして行きたいと思います。

 

 

先ほど

本州最南端で、一時は移住も検討していた町の和歌山県串本町からお客さまが窓口へいらっしゃいました。

そのお客さまは先に触れた「本州四端」について訪ねてきました。もちろん自然と宮古市の話題になりどんどん話は膨らみます。

「まさか宮古市の人とこんなところで会えるなんて・・・」と不思議な様子でしたが、私も「まさか宮古に行ったことがある人とここで会えるなんて・・・」と嬉しく、有り難く思います。

そのお客さまとは握手してお別れしました。

 

数日前は窓口で宅配の受付をしていたら発送先が岩手県釜石市と大槌町。

岩手県沿岸部出身の私が目の前にいることに驚いていました(^-^)

釜石市と大槌町は本当に身近な町。

自然と飛び交う言葉のアクセントは東北なまり(笑)

地元民しか解らないコアな話題で盛り上がりました。こうして最西端にいるのにも関わらず、いろんな人と繋がり、そして東北の方とも繋がり・・・

 

距離としては遠いけど、気持ちはすごーく近い東北

 

復興まではまだまだ時間が必要ですが

ここから

今後も被災地へ

「できること」をして行きたいと思います。

 

2月最後の日となる28日(金)にNHK山口放送「情報維新やまぐち」の番組内で道の駅ほうほくからの生中継があります。

東北支援について触れていただく予定です。

お時間のある方はぜひご覧になってくださいね(^-^)

18時10分~19時までの・・・どこかで中継になる予定です

NHK山口放送HP(情報維新やまぐち今週の放送内容)
http://www.nhk.or.jp/yamaguchi/ishin/index_yotei.html

私は・・・

カミカミにならないよう頑張ります 😯

以上

菊地がお届けいたしました

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