遥か昔、都にも献上されていた角島わかめ

こんにちは。橋本です

GWも終わり、今日は朝から雨が降っていることもあり、時間がゆったり過ぎていくように感じます

今日の昼過ぎから徐々にお天気は回復し明日、明後日は晴れる予報です

 

さて、この時期お問い合わせが増えるのが、『角島の棒わかめ』!

GW中に入荷しました!!!

角島のワカメは古来奈良時代には天皇に献上されていたことはご存知でしょうか??平城京跡から出土した木簡には『長門国豊浦郡都濃嶋所出穉海藻/天平十八年三月廿九日』と記されていて、「長門国豊浦郡都濃嶋」は地名。「穉海藻」はワカメ。天平十八年三月廿九日は西暦746年3月29日と言う意味になります。

地名の「都濃嶋」=「角島」。「つのしま」は古来より放牧がなされ、牛に関係が深く、牧崎と夢崎とを牛の角にたとえて、こう呼んだとされている一方で、江戸時代、山形の酒田などからの北前船がこの島の沖合で舵を南に切って瀬戸内海に入る、まさに航行の向きを変える「角(かど)」であったから「かどしま」と読んだ人もいたり、平城京跡から出土した木簡の様に「都濃嶋」だったりと昔からの名前が色々あります。

因みに地名を調べてみると、幕末までは長門府中藩領。明治2年に知藩事に伴い豊浦藩と改称し、明治4年には廃藩置県により豊浦県。そして明治22年に町村制の施行により豊浦郡角島村になり、昭和30年(1955年)に近隣の7村と統合されて豊浦郡豊北町。2005年(平成17年)に下関市と豊浦郡菊川町・豊田町・豊浦町・豊北町が合併し改めて下関市が発足し、下関市豊北町角島になっています。こうしてみると結構改称されていたんだな~と中々におもしろく感慨深く思いました。

そして、作者不詳ですが、万葉集にも角島とわかめの事が詠われた歌があるんですよ

『角島の迫門(せと)の稚海藻(わかめ)は人のむた
荒かりしかどわがむたは和海藻(にきめ)』

「角島の若い女は、他の男には荒かったけれども、私と一緒ならば和やかで優しい。」とわかめを刈る女性を慕う歌だそうです。

閉校になってはいますが、角島小学校の運動場の傍に万葉歌碑があったりします。

古い歴史のある食材!角島のワカメ!!

お好みの大きさにカットして、味噌汁の具や酢の物、サラダなど色々お使いくださいませ。小さく刻めばふりかけにもなりますよ~。是非ご賞味くださいませ

コチラの商品は1年中あるわけではなく、毎年2月下旬くらい~4月初めにの時期に新芽のワカメを刈って天日干しした商品なので、その時期だけに作られた数量限定商品です。

お早めにお買い求めください

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