道の駅 北浦街道ほうほく For Foreign Tourists

今月の営業時間

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スタッフブログ 2025.12.04

もうすぐオープンのリゾナーレ下関ともうすぐ命日祭の本宮中山神社

日の本を 守りたまいて をわします 曽祖父きみの 御たまやすかれ(嵯峨浩「和歌短冊」/関西学院大学博物館所蔵愛新覚羅溥傑家資料)

 

角島大橋 2025年11月27日 山口県下関市豊北町

 

こんにちは。山田です。今朝の道の駅ほうほくは曇り。寒い朝でしたが、元気に営業しています!

先週、角島大橋を見に行きましたが、晴れていれば冬でも、きれいな青い海をみることができます。今週から寒さが本格化するようですが、お天気が良ければ冬のドライブも、人が少なくて楽しいです♪

 

道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町

 

12月に入り、道の駅ほうほくでは土曜と日曜、ほうほくファーマーズさんの焼き芋が登場。甘くて熱々の豊北町産さつまいも、ぜひ食べてみてください!

 

リゾナーレ下関 2025年12月11日オープン 山口県下関市あるかぽーと

 

先日、道の駅ほうほくから車で1時間余、下関市あるかぽーとに開業予定の、リゾナーレ下関の内覧会に行きました。12月11日オープンの、海峡デザイナーズホテルです。

 

リゾナーレ下関 2025年12月11日オープン 山口県下関市あるかぽーと

 

曲線を描くホテルは、関門海峡に面した全室オーシャンビュー。室内に砂浜やハンモックがある海峡カバナスイートや、ペットと泊まれる愛犬ルームなど、新しい試みのお部屋も。落ち着いた色調で、とってもおしゃれでした。オープンしたら、ぜひ泊まってみてください☆

 

本宮中山神社 2025年12月3日 山口県下関市豊北町田耕

 

昨日、道の駅ほうほくから車で約20分、下関市豊北町田耕の本宮中山神社に行きました。紅葉はほぼ終わりでしたが、白滝山の麓に静かにたたずんでいます。

12月6日(土)、ご祭神・中山忠光(なかやまただみつ:1845-1864)卿の命日祭が行われます。中山忠光は、幕末の京都に藤原氏の一門として生まれました。父は後の大納言・中山忠能、姉の孝明天皇典侍・慶子は明治天皇の生母。中山忠光は、明治天皇の叔父にあたります。

 

本宮中山神社 2025年12月3日 山口県下関市豊北町田耕

 

侍従として朝廷に仕えていましたが、尊王攘夷の志やみがたく、文久3(1863)年3月に官位を捨てて長州(山口県)へ出奔、5月の下関攘夷戦争に参加。上京して8月17日、幕府方の大和国五條(奈良県五條市)代官所を襲撃し挙兵した天誅組(てんちゅうぐみ)の主将となります。

しかし幕府軍の追討を受け、天誅組は9月末の鷲家口(わしかぐち)の戦いで壊滅。長州へ逃れた中山忠光は長府藩に匿われ、豊浦郡(下関市域)を転々とし、翌元治元(1864)年11月、田耕村(下関市豊北町)で暗殺されました。享年20歳。

 

本宮中山神社 2025年12月3日 山口県下関市豊北町田耕

 

暗殺は長府藩によるとされますが、詳細は不明。遺骸はひそかに運ばれ、綾羅木浜(下関市綾羅木)で埋葬されました。翌慶応元(1865)年に墓碑と社が建立され、綾羅木の中山神社となります。暗殺の地・田耕には、石碑が立てられ祭られていましたが、昭和38(1963)年、百年祭を機に本宮中山神社が建立されました。

命日は旧暦11月8日とされ、今の暦では12月6日にあたります。そのため、本宮中山神社では、12月6日に命日祭が行われるのです。

 

本宮中山神社 2025年12月3日 山口県下関市豊北町田耕

 

日の本を 守りたまいて をわします 曽祖父きみの 御たまやすかれ(嵯峨浩「和歌短冊」/関西学院大学博物館所蔵愛新覚羅溥傑家資料)

日の本(ひのもと)を 守りたまいて をわします(坐します) 曽祖父きみ(君)の 御たま(霊)やす(安)かれ(嵯峨浩「和歌短冊」/関西学院大学博物館所蔵愛新覚羅溥傑家資料)

日本の国を守っていらっしゃる、ひいおじいさまの霊魂が安らかでありますように。

 

本宮中山神社 2025年12月3日 山口県下関市豊北町田耕

 

今回の冒頭は、中山忠光のひ孫にあたる、嵯峨浩(さがひろ:1914~87)の和歌短冊から。下関で生まれた遺児・仲子(1865~1950)は明治維新後、中山家に引き取られ、長じて嵯峨公勝(1863~1941)に嫁ぎました。その孫娘・浩は、ラストエンペラー・愛新覚羅溥儀の弟・溥傑(1907~1994)に嫁ぎ、激動の昭和を生き抜きます。

遺品は愛新覚羅溥傑家資料として関西学院大学に所蔵されており、引用した和歌短冊もそのひとつです。1975(昭和50)年、夫妻は本宮中山神社を訪れているので、その時に詠んだものでしょう。子孫であれば「御霊安かれ」と願わずにはいられないでしょうが、非業の死を遂げた先人の安寧は、誰もが祈るところです。幕末の志士に思いを馳せながら、豊北町のドライブをぜひ☆

 

山茶花 2025年12月3日 山口県下関市豊北町田耕