皆さま
こんにちは、菊地です。
明日3月11日
私たち家族も山口県下関市に移住して早3年目。
過ぎ去った日々を思い返すと、あっという間だったような気はしますが、3年という年月は少しずつですが東北被災地を復興の道へ導いています。
ただ
確実に復興に近付いてはいますが、まだまだ先の長い復旧の途中の段階です。
仮設住宅生活の長期化で未だ不自由な生活を余儀なくされている避難者が多く、更にその他にも土地の整備や防災設備等の建設、未来を担う子どもたちや学生の安定した学習環境、震災遺児やPTSDなどの症状で苦しんでいる人々の心のケアなど・・・
本当にたくさんの課題が山のように存在します。
どの課題もまだ理想とする環境へは届いていなく、まだコツコツと作り上げている段階です。
最近良くテレビ番組などで東日本大震災について放送されています。
映像を見ることには慣れていましたが、やはり・・・刻一刻と近くなる3月11日は何とも表現が難しいですが、私にとっては『特別な日』です。
いろいろな思いが駆け巡ります。時が解決することもありますが、記憶には映像も、その時の自分の感情などが鮮明に蘇って来ます。
私は直接の被災者ではありません。
ただあの時の恐怖感もそうですが、関東も巨大地震が襲いその後も大きな余震が続く中、いろいろな事を瞬時に考え、不安や恐怖感から『何が起こっても覚悟しよう。』に変わり、冷静な自分になれました。当時の自分を思い出すと・・・今起きている現実に対し、飲み込み、それに備えよう、負けていられない心を強く持とうとするものなんだな・・・と、今でもその時の感情が思い出されます。
私は決して強い人間ではありませんが、あの時・・・覚悟を決めた時の自分の心持ちは熱いものがありました。
移住していろいろ困難なことや、悩みで打ち砕かれそうになっても私は『特別な日』を思い出し、あの時感じた感情や状況を思い出します。
辛い時こそ思い出します。そして奮い立たせます。
あの日
全ての物が一瞬にして姿形を変え、多くの人たちの尊い命と共に消えてしまいました。
私の悩みなんて小さなもの。
震災発生から明日で3年。
復旧・復興へと前をむいて一歩一歩前進する東北被災地の人々。
風化という言葉が少しずつ聞かれるようになり、それについて考えさせられることは多いですが
風化を認めたくはありません。
そして
記憶にも心にもずーっと残しておくことはできる。
いつまでも思い続けることはできます。
実家で過ごした日々を思い出すと、時々『行ったらまだ(実家が)ありそうだなぁ。』など思ってしまうことがあります。実家は消えてしまったけれど、その場所には私の中では思い出がいっぱいあります。
実家は消えても大切な場所です。
明日は母と一緒に東日本大震災の発生の時刻――――14時46分、東北へむけ黙祷します。
皆さまも東北へ『心』を飛ばし想っていただけたら幸せます。
菊地