道の駅 北浦街道ほうほく For Foreign Tourists

今月の営業時間

売店・・・・・・・・・・・・・8:30~18:00

パン工房・・・・・・・・・・9:00~17:30(定休日に加えて 7/9・7/23は臨時休業

レストラン・・・・・・・10:00~18:00(オーダーストップ 17:00)

今月の定休日

…定休日 

…臨時休業

※7月9日(火)パン工房のみ臨時休業

※7月23日(火)パン工房のみ臨時休業

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スタッフブログ 2023.10.31

豊北小学校遠足のTV出演と道の駅ハロウィンと大根

都藝泥布 夜麻志呂賣能 許久波母知 宇知斯淤富泥 泥士漏能 斯漏多陀牟岐 麻迦受祁婆許曾 斯良受登母伊波米(仁徳天皇/『古事記』下巻)

道の駅ほうほく 展望テラス 山口県下関市豊北町

こんにちは。山田です。今朝の道の駅ほうほくは快晴、お出かけ日和です。早朝、海面ハートも見えたと、話題になりました。

道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町

さて、今日はハロウィン。情報コーナーのほっくんをはじめ、店内随所のハロウィン装飾は今日まで。まだ見てない方は、今日中にお越しください!

彦根のご当地キャラ博に登場したほっくんも、ハロウィン衣装をご披露。オレンジ色には黒色が似あいますね。

焼き立てパン工房ラ・メール 道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町

焼き立てパン工房ラ・メールでも、ハロウィンにあわせたパンを販売しています。こちらも今日までなので、食卓の話題にぜひ☆

焼き立てパン工房ラ・メール 道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町

さて、先日、道の駅ほうほくがある下関市豊北町の豊北小学校では、「7年間で7つの地域をめぐる遠足」として、5年生が角島(つのしま)地区を歩きました。これは、豊北小中学校が連携して、7年かけて各学年が合併前に小学校区があった地域を歩き、ふるさとについて学ぶものです。

角島大橋 山口県下関市豊北町

1年生が滝部(たきべ)・二見(ふたみ)地区、2年生が阿川(あがわ)地区、3年生が神田(かんだ)地区、4年生が粟野(あわの)地区、5年生が角島地区、6年生が神玉(かみたま)地区。ということは、豊北中学校が田耕(たすき)地区でしょう。

角島をめぐる遠足では、KRY「熱血テレビ」の一日取材がありました。TV放送は、11月9日(木)KRY熱血テレビ「ぶるぼん○○隊」、17時過ぎから、約11分間の予定だそうです。楽しみですね!

角島灯台 山口県下関市豊北町角島

都藝泥布 夜麻志呂賣能 許久波母知 宇知斯淤富泥 泥士漏能 斯漏多陀牟岐 麻迦受祁婆許曾 斯良受登母伊波米(仁徳天皇/『古事記』下巻)

つぎねふ やましろめの こくはもち うちしおふね ねじろの しろただむき まかずけばこそ しらずともいはめ(仁徳天皇/『古事記』下巻)

つぎねふ 山代女(やましろめ)の 木鍬(こくわ)持ち 打ちし大根(おおね) 根白(ねじろ)の 白腕(しろただむき) (ま)かずけばこそ 知らずとも言はめ(仁徳天皇/『古事記』)

山城(やましろ/京都府近辺)の女が、木の鍬を持って掘り起こした大根のような白さの、あなたの白い腕を枕にしたことがなければ、あなたのことなど知らないと言うかもしれないが(あなたの大根のように白い腕を枕にしたことがあるので、あなたのことが気になるのだ)。

道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町

今回の冒頭は、日本最古の歴史書『古事記(こじき)』下巻の仁徳天皇(にんとくてんのう)の物語から、大根を詠みこんだ和歌。今朝、道の駅の売店ほうほく夢市場に、たくさん大根が並んでいたので、思い出しました。

大根と言えば、大根役者や大根足などと、あまり良い方に使われないイメージ。でも、この和歌は、浮気夫が妻に仲直りを申し出た時、妻をほめるために彼女の腕を大根に例えているのです!

大根 道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町

仁徳天皇は、第16代天皇。名は大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)。八幡様で知られる応神天皇の子で、下関市では知られた神功皇后の孫にあたります。その陵墓とされる「仁徳天皇陵」あるいは「大山古墳(だいせんこふん)」またの名を「百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらなかのみささぎ)」は、大阪府堺市にある世界最大級の墳墓です。

難波(なにわ:大阪)に宮を置いた仁徳天皇は、在位87年。『古事記』歴代天皇の中でもエピソードが多い方で、炊事の煙が立っていない様子を見て民の貧窮を知り、三年間、税を免除したとなど、慈悲深い天皇として知られますが、恋多き方でもありました。

大根 道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町

仁徳天皇の皇后は、石之日売(いわのひめ/磐之媛)という方でした。皇后が所用で紀国(きのくに:和歌山県)にお出かけになると、仁徳天皇は他の女性とねんごろになります。噂を聞いた皇后は怒って難波の宮に戻らず、山城国(京都)に向かってしまいました。

家出した皇后に向けて、仁徳天皇がなだめようと送った和歌がいくつかあり、冒頭はそのひとつです。この夫婦喧嘩が結局どうなったか、『古事記』には載っていませんが、この和歌は日本の歴史における大根の登場として知られます。

「つぎねふ」の由来はよくわかりませんが、「山城国」にかかる枕詞(まくらことば)。「ただむき」は「腕」、「枕(ま)く」は枕を共にすること。山城国(京都)の女性が掘り起こす白い大根は、女性の肌に例えられるのが当然の、ブランド商品だったようです。1500年前の人々は、大根をどうやって食べていたのでしょうね。

角島大橋 山口県下関市豊北町