いわい目出度の若松様よ 枝も栄える葉も茂る ヨイヤサ 竹になりたや薬師の竹に タイヨ やなのろくろに ヨイサ 網くりかけて サヨヘ 蝉をまくのに ヨイサ ひまもなく 子持ちまくのにゃひまもない(以下省略)(鯨唄(角島)/豊北町史編纂委員会編『豊北町史』豊北町、1972年)
おはようございます。山田です。今日も良いお天気!
道の駅豊北では、鯨肉が並んでいます。鮮魚コーナーでは、イワシクジラ赤身。冷凍コーナーでは、くじらのお刺身、竜田揚げ、切り落としベーコン、鯨のさらし、クジラカツ。下関市は「河豚(ふぐ/ふく)の街」として有名ですが、「鯨(くじら)の街」でもあるのです。
道の駅豊北がある下関市周辺でも、古くから捕鯨が行われていました。そのためか、鯨に親しみがあったようで、豊北町神田にあるお寺「附野薬師(つくのやくし)」(東山寺 浄土宗)には、沖を通る鯨が、孕みの時には安産の祈りにお参りし、また生まれた子鯨を連れてお礼参りに来ると伝わっています。
いわい目出度(めでた)の若松様よ 枝も栄える葉も茂る ヨイヤサ 竹になりたや薬師の竹に タイヨ やなのろくろに ヨイサ 網くりかけて サヨヘ 蝉をまくのに ヨイサ ひまもなく 子持ちまくのにゃひまもない(以下省略)(鯨唄(角島)/豊北町史編纂委員会編『豊北町史』豊北町、1972年)
今回の冒頭は、鯨唄(くじらうた)。『豊北町史』に掲載された二つの鯨唄のひとつで、角島のもの(もうひとつは二見)。
唄い出し「いわい目出度の若松様よ」は長門市域に伝わる鯨唄と同じで、全体の歌詞も似ています。長門市域の鯨唄は、捕鯨の季節に作業場や宴席で歌われた。現在は、祝宴などで歌われます。
「蝉」は「セミクジラ」、「子持ち」は「子持ち鯨」でしょうね。『豊北町史』は角島で聞き取り調査したものを掲載しているようですが、残念ながら「(以下省略)」以後がわかりません。ご存知の方、ぜひ教えてください(^o^)/
大正時代に日本の捕鯨事業をほぼ独占した東洋捕鯨株式会社が、その前身の時代から下関に出張所を開いたことから、下関は日本における近代捕鯨の発祥地とされています。また、戦前・戦後を通じ、南氷洋捕鯨基地として、捕鯨関連産業を中軸に国内有数の地位を築いていました。
昭和57(1982)年、IWC(国際捕鯨委員会)で、商業捕鯨モラトリアム(一時停止)が採択され、昭和62(1987)年を最後に商業捕鯨は停止。しかし日本は、調査捕鯨を継続しつつ、商業捕鯨の再開を目指して来ました。平成30(2018)年12月、日本はIWC(国際捕鯨取締条約)から脱退を表明。
そして、令和元(2020)年7月、EEZ(排他的経済水域)内での商業捕鯨を再開。下関市は再び、沖合の母船式捕鯨業の基地となりました。今年、33年ぶりに新しい捕鯨母船が下関で建造されることとなり、船の名前を募集しています。採用された方には、賞金五万円!(@o@)
捕鯨母船名称募集
- (採用された方には)賞金5万円(複数の場合は抽選で最大3名)
- 募集〆切日:2023年1月13日(金)*当日消印有効
- 応募方法:ハガキまたはメールで
- 件名 新たな捕鯨母船名称募集
- 考えた名称
- 住所
- 氏名
- 連絡先(携帯等)
- ハガキ宛先 〒750-0005山口県下関市唐戸町4-1 カラトピア4F 下関市水産振興課くじら産業推進室
- メール宛先 sgsuisan@city.shimonoseki.yamaguchi.jp
- お問い合せ:下関市水産振興課くじら産業推進室:083-250-9250
「捕鯨母船 名称募集」ご案内チラシは、道の駅豊北にも置いています。ご興味があれば、情報コーナーにお立ち寄りください!