吾妹児之 額尓生流 双六乃 事負乃牛之 倉上之瘡(『万葉集』3838「無心所著歌二首」)
おはようございます。山田です。今朝の道の駅ほうほくは薄曇り。今はまだ太陽の光がありますが、予報によると、お天気はだんだん下り坂。お出かけはお早めに!
さて、今回の話題も、よく聞かれる山口県下関市豊北町神田の地名「特牛(こっとい)」について。『万葉集』に、「事負乃牛(ことおいのうし)」という言葉がある、というお話です。
吾妹児之 額尓生流 双六乃 事負乃牛之 倉上之瘡(『万葉集』3838「無心所著歌二首」)
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我妹子(わぎもこ)が 額に生ふる(おうる) 双六(すごろく)の 牡(ことひ)の牛の 鞍(くら)の上の瘡(かさ)(『万葉集』3838「無心所著(むしんしょじゃく)の歌 二首(にしゅ)」)
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女房殿の 額に生えた 双六盤(すごろくばん)の 大きな牡牛(おうしの)の 鞍の上の瘡(かさ)(小島憲之・木下正俊・東野治之校注・訳者『新編日本古典文学全集9 万葉集④』小学館、1996年)
今回の冒頭は、『万葉集』から。『万葉集』3838「無心所著(むしんしょじゃく)の歌 二首」のうちのひとつに、「事負乃牛(ことおひのうし/ことおいのうし)」という言葉があります。この「首(しゅ)」は、和歌を数える時に使う「数助詞(すうじょし)」。
題詠の「無心所著(むしんしょじゃく)の歌」は、「心あらわすところなき歌」で、相互に無関係な言葉を並べて、全体では意味をなさない歌のこと。たぶん、笑いをとるためのふざけた歌なのでしょう。どこが笑いどころなのか、現代人にはよくわかりません(^^;
「吾妹児(わぎもこ)」は妻や恋人を示す言葉で、「双六(すごろく)」は現代にもあるボードゲーム。「瘡(かさ)」は、肌にできるはれもの、できもののこと。
「事負乃牛(ことおひのうし/ことおいのうし)」は、「牡牛」と解釈されていますが、時代が下った平安時代の百科事典『倭名類聚抄』に「特牛(ことひ/ことい)」は「頭の大きな牛」と書かれていることから、「牡牛」と考えられています。「事負」の字は、「特別にたくさんの荷物を背負える」という雰囲気がありますし。
つまり、『万葉集』の時代には「ことさら荷物を背負える」(おそらく牡)牛を示す「事負(ことひ/ことい)の牛」という言葉があり、平安時代には「特牛」と書いて「ことひ/ことい」と読むようになったと思われます。
漢字の「特」は、見ての通り偏(へん)が牛。もともと「特」の字だけで、「牡牛」をあらわすとされます。なので、「ことさら荷物を背負える」(おそらく牡)牛を示す言葉に「特」を使ったってのは、あり得そう。
山口県下関市豊北町神田特牛の地名に話を戻すと、地名はだいたい、発音が先にあって漢字を当てはめるもの。つまり、「ことひ/ことい(ことえ?)」という地名が先にあり、文字で記録する時に、「ことい」と読まれる「特牛」を当てた可能性が高いです。
私が知る範囲では地名「特牛」が文献に登場するのは江戸時代ですが、古い時代には別の字を当てていることもあり得ます。見つけてはいませんが。何かご存知でしたら、道の駅ほうほく情報コーナーまで、お知らせくださいね!