波音の お念仏が きこえる(種田山頭火『行乞記』5月23日)
おはようございます。山田です。今朝の道の駅ほうほくは、小雨ですが、昨日より空が明るいです。道端の紫陽花も、だんだん咲きはじめました。目立つ鮮やかな色なので、車で走っていても目に楽しいですね。
道の駅ほうほく近くの特牛港には、漁船が並んでいました。集魚灯からして、イカ釣り漁船かと。イカもそろそろシーズンが始まります☆
波音の お念仏が きこえる(種田山頭火『行乞記』5月23日)
今回の冒頭は、種田山頭火『行乞記(ぎょうこつき)』から。放浪の俳人、種田(たねだ)山頭火(さんとうか)は、明治15(1882)年、山口県西佐波令村(防府市)生まれ。
経営していた酒造場の倒産や一家離散などを経て出家し、大正15(1926)年、放浪の旅に出ます。句友に支えられながら、先々で俳句を詠む漂泊の旅を続け、昭和15(1940)年、愛媛県松山で没しました。享年59歳。
五・七・五にこだわらない自由なリズムの俳句「自由律俳句」の、代表的存在。道の駅ほうほくから車で約30分間の、下関市豊浦町にある川棚温泉を愛したことでも知られます。
道の駅ほうほくから車で約15分、関市豊北町阿川と粟野の境あたりの国道191号線上に、山頭火のこの句を刻んだ小さな石碑があります。傍の説明板には「昭和七年五月二十三日」「豊北路で詠んだ句」とありますが、『行乞記』によると粟野から特牛へ進んだのは5月22日で、23日は特牛から小串へ進んでいます。まあ23日も、豊北路ではありますが。
俳句の特徴は、五・七・五の文字数の制限と、その中に季節の言葉である「季語」をひとつだけ入れること。山頭火の俳句は、文字数や季語にとらわれず、その時に感じたことを自由に詠んでいます。
「念仏」はそのままだと「仏を念ずること」ですが、日本の場合、多くは浄土宗や浄土真宗で行われる「『南無阿弥陀仏』と唱えること」を指します。延々と寄せては返す波の音が、僧侶である山頭火には、ひたすらに唱えるお念仏に聞こえたのでしょうか。
山頭火は、粟野で泊まった5月21日、昼食を「豆腐屋で豆腐を食べた」と書いています。季節的に、冷ややっこでしょうか。道の駅ほうほくにも、地元豊北町のの縄田豆腐店さんや本間豆富店さんのおとうふがありますので、ぜひ食べてみてください☆