道の駅 北浦街道ほうほく For Foreign Tourists

今月の営業時間

売店・・・・・・・・・・・・・8:30~18:00

パン工房・・・・・・・・・・9:00~17:30(定休日に加えて 7/9・7/23は臨時休業

レストラン・・・・・・・10:00~18:00(オーダーストップ 17:00)

今月の定休日

…定休日 

…臨時休業

※7月9日(火)パン工房のみ臨時休業

※7月23日(火)パン工房のみ臨時休業

newsお知らせ

スタッフブログ 2023.10.19

しもまちスタンプラリーと菊舎の錦

錦着るや 一世の晴の 月の笠(田上菊舎/田上菊舎句碑)

道の駅ほうほく展望テラスより 山口県下関市豊北町

こんにちは。山田です。今朝の道の駅ほうほくは、快晴。ドライブ日和!

しもまちスタンプラリー2023(第3弾)豊北地区コンプリート!

先日、下関市の「しもまちアプリ」の、「しもまちスタンプラリー」で、豊北地区を制覇しました。10/31まで。みなさま、豊北地区のラリーポイントは行きやすいところばかり、景品は豊北町の特産品(抽選30名様)、ぜひチャレンジを!

しもまちスタンプラリー2023(第3弾) 山口県下関市

下関市街地からだと、まずは191号線を北上してきて、土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム。QRコードは外向きなので入館せずともポイントゲットできますが、せっかく博物館なのでぜひ観覧してみてくださいね。

土井ヶ浜ミュージアム入口 山口県下関市豊北町

土井ヶ浜遺跡は今から約2000年前、弥生時代のお墓の遺跡です。出土した人骨は300体以上。おかげで、当時の日本のこの地域に、顔立ちや身長、骨格など、どんな姿の人々が住んでいたのか、わかりました。

土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム 山口県塩の関市豊北町

人類学ミュージアムは現在、発掘調査が始まってから来年で70年になることを記念した『新説・土井ヶ浜弥生人』開催中。11月5日まで。

これまでの発掘の歴史を辿るとともに、最新の研究による新たな知見を一度に見ることができます。土井ヶ浜遺跡が、日本の弥生時代研究に大きな位置を占めていることがわかりますよ。

また、今度の日曜(10/22)には、海峡メッセ下関で、土井ヶ浜シンポジウムが予定されています。どなたでも参加できるので、下関の弥生時代に興味がある方はぜひ☆

道の駅ほうほくは、土井ヶ浜ミュージアムから角島に向かう途中にあります。レストランわくわく亭の一番人気は海鮮丼ですが、売店ほうほく夢市場にはテイクアウトできるお寿司やお弁当もあります。

うにめし弁当とイカ飯弁当 道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町

お土産には、地元産の材料を使った道の駅オリジナルの「おこげせんべい」や、マスコットキャラクターほっくんのグッズやお菓子はいかがでしょう。ここでしか買えません!

次のポイントは角島大橋の島側のたもと、瀬崎陽の公園。ポイントゲットは、現地に行けば大丈夫。

瀬崎陽の公園 山口県下関市豊北町角島

観光ポスターなどでは、本土側の海士ヶ瀬公園から撮った写真がよく使われますが、こちら陽の公園にも展望台はあります。そして、平城京から出土した木簡「長門国豊浦郡都濃嶋所出穉海藻 天平十八年三月廿九日」の記念碑も。

「長門国(ながとのくに)」は江戸時代までの地名で、山口県の西部と北部のこと。「豊浦郡(とようらぐん)」は、現在のほぼ下関市域のこと。「都濃嶋(つのしま)」は、つまり「角島(つのしま)」ですね。この記念碑は、もともと滝部の豊北町役場(下関市役所豊北総合支所)前にありましたが、改築に伴い移転しました。

角島灯台 山口県下関市豊北町角島

角島に上陸したら、ラリーポイントではないですが、ぜひ角島灯台へ。白亜の御影石が美しいですが、全国に16基しかない登れる灯台のひとつです。階段は105段。晴れた日に見渡せる眺めは、ここだけの絶景です。

明治9年点灯、設計は日本の近代灯台の父ブランドン。灯台併設の記念館では、灯台のしくみがわかるので、登る前に見ていってください。イギリス人が設計した灯台に昇ってはじめて間近に見るフレネルレンズが、遠くドイツから来たなんて、不思議な感じ。

つのしま自然館 山口県下関市豊北町角島

続いては同じ角島島内、大浜海水浴場にある、つのしま自然館。入館せずともポイントゲットできますが、せっかくなのでぜひ観覧を。

ここは角島の成り立ちや生き物たちを紹介する施設で、メインは角島の名前を冠したツノシマクジラの骨(レプリカ)。スタッフによる説明もありますが、注目は頭と腰です。

下関市立豊北歴史民俗資料館「太翔館」 山口県下関市豊北町滝部

再び角島大橋を渡って、滝部にある下関市立豊北歴史民俗資料館「太翔館」へ。ここも外からQRコードを撮ってポイントゲットできますが、大正レトロな旧滝部小学校校舎なので、ぜひ中も見ていってください。入館無料。

ただいま、二階講堂と一階教室で、ラストポイントゆかりの田上菊舎展開催中。江戸時代後期に豊北町で生まれ、全国を旅して俳句を詠んだ尼僧です。11/5まで。

そして、今回のラストポイント、下関市豊北町田耕出合にある、田上菊舎(たがみきくしゃ)の句碑。山口市方面に向かう、国道435号線沿いにあります。

田上菊舎句碑 太田川ふれあい公園 山口県下関市豊北町田耕

錦着るや 一世の晴の 月の笠(田上菊舎/田上菊舎句碑)

今回の冒頭は、ラリーポイント田上菊舎の句碑から。文政7(1824)年、田上菊舎が72歳(数え年)で、田耕に里帰りした時に詠んだ句です。

田上菊舎は、江戸時代の豊浦郡田耕村(山口県下関市豊北町田耕)で長府藩士の家に生まれ、若くして夫に死別。28歳で出家し、菊舎の号を得て、九州から奥羽(東北地方)まで旅を重ね、文人として活躍しました。

下関市立豊北歴史民俗資料館「太翔館」 山口県下関市豊北町滝部

「錦着る」の「錦」は、ここでは秋の紅葉を表しますが、金や銀などの糸で織り込んだ美しい絹織物のこと。もともとは中国の故事「衣錦還郷(いきんかんきょう)」で、出世してから錦のような豪華な衣服でふるさとに帰る「故郷に錦を飾る」をイメージさせる言葉でもあります。

田耕の風景 山口県下関市豊北町田耕

『梁書』巻九列伝第三「柳慶遠伝」によると、「衣錦還郷」の主人公は、今から1500年ほど前、古代中国で活躍した軍人・官僚の柳慶遠(りゅう けいえん:458年-514年)。中国南朝の斉(せい)の国、雍州(ようしゅう)の刺史(しし:地方長官)の蕭衍(しょうえん:464-549)に見いだされて、幕僚としてそばに仕えました。

蕭衍が梁(りょう)の初代皇帝(高祖)となると重用され、天監4年(505年)、「使持節(しじせつ)、都督雍梁南北秦四州諸軍事(ととくようりょうなんぼくしんししゅうしょぐんじ)、征虜將軍(せいりょしょうぐん)、寧蠻校尉(ねいばんこうい)、雍州刺史(ようしゅうしし)」という、故郷を含む地域に大きな権限を持つ軍人官僚として派遣されます。

この時、高祖は「卿衣錦還郷,朕無西顧之憂矣。(君が出世して錦の衣で故郷に帰ってそこを治めるなら、私は西方についての心配がない)」と言いました。それだけ信頼されていたのですね。

田上菊舎句碑 田上菊舎生家跡 山口県下関市豊北町田耕

田上菊舎は26歳で旅立つ時、「月の笠に 着てあそばゝや 旅の空」と詠んでいます。50年近くを経て、さまざまな経験とともに文人として知られるようになり、晩年の帰郷にあたり、錦の衣をまとったような、晴れやかな気持ちだったのでしょう。

粟野川 山口県下関市豊北町田耕

「しもまちアプリ」は、地域の情報や日常生活に便利で役立つコンテンツを盛り込んだ、下関市民のためのスマートフォンのアプリケーション。地域情報やイベントなど、生活に役立つあれこれがたくさん。

そして今現在、しもまちアプリを使う「しもまちスタンプリー2023(第3弾)」が開催中。去年、下関21世紀協会が選定した「新撰しものせき誇り100選」とコラボして、市内17のまちづくり協議会が、ラリーポイントを選んでいます。

下関のいいところを再発見するドライブ、いかがでしょうか?