甘柿の登場は鎌倉時代
尚口碑の伝ふる所に仍れば、今より六百九十七年の昔なる建保二年都筑郡王禅寺村(今の柿生村大字王禅寺)星宿山蓮華蔵院王禅寺中興開山等海上人、本堂再建の用材選択の為、寺領なる森林九十九谷の奥深く尋ね入りしに、柿の老木あり、美大なる果実の深紅の色に燃えて登熟せるを見、採りて味ふに其風味の甘美なること他に比すべくもあらず(廣田鉄五郎・谷本眞司『甘柿禅寺丸栽培法』1911年)

長府庭園 2025年11月22日 山口県下関市長府
こんにちは。山田です。今朝の道の駅ほうほく、明け方は雨でしたがだんだん雲が晴れてきています。三連休最終日、元気に営業しています!

道の駅ほうほくから車で約5分、土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアムで開催中の「うごく・つながる#弥生人 -弥生時代の響灘-」も今日まで。お早めにお出かけください!

彩りの城下町長府・秋 2025年11月22日 山口県下関市長府
先日の夜、下関市長府の「彩りの城下町長府・秋」に行きました。壇具川沿いや忌宮神社などが、キャンドルやライトアップで夜闇にあざやかに照らされていました。
ちょっとしたフードコートやデジタルスタンプラリーなど、行って楽しいイベントも用意されています。たくさんの小さなキャンドルで示された夜の城下町は、幻想的な雰囲気。

彩りの城下町長府・秋2025 2025年11月22日 山口県下関市長府

足を延ばして、ライトアップされた長府庭園へ。ちょうど紅葉が見頃になっていて、こちらも昼とは違うお庭が楽しめました。

長府庭園 2025年11月22日 山口県下関市長府
道の駅ほうほくから車で約20分、豊北町角島夢崎の角島灯台も、毎晩ライトアップしています。来年3月22日まで、日没~22時。ぜひお出かけください!

尚口碑の伝ふる所に仍れば、今より六百九十七年の昔なる建保二年都筑郡王禅寺村(今の柿生村大字王禅寺)星宿山蓮華蔵院王禅寺中興開山等海上人、本堂再建の用材選択の為、寺領なる森林九十九谷の奥深く尋ね入りしに、柿の老木あり、美大なる果実の深紅の色に燃えて登熟せるを見、採りて味ふに其風味の甘美なること他に比すべくもあらず(廣田鉄五郎・谷本眞司『甘柿禅寺丸栽培法』1911年)
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尚(なほ)口碑(こうひ)の伝(つた)ふる所(ところ)に仍(よ)れば、今(いま)より六百九十七年(ねん)の昔(むかし)なる建保(けんぽう)二年都筑郡(つゞきのこほり)王禅寺村(わうぜんじむら)(今(いま)の柿生村(かきをむら)大字(おほあざ)王禅寺(わうぜんじ))星宿山(せいしゅくざん)蓮華蔵院(れんげざうゐん)王禅寺(わうぜんじ)中興(ちうこう)開山(かいざん)等海上人(とうかいしやうにん)、本堂(ほんどう)再建(さいこん)の用材(ようざい)選択(せんたく)の為(ため)、寺領(じりやう)なる森林(しんりん)九十九谷の奥深(おくふか)く尋(たず)ね入(い)りしに、柿(かき)の老木(らうぼく)あり、美大(びだい)なる果実(くわじつ)の深紅(しんく)の色(いろ)に燃(も)えて登熟(とうじゅく)せるを見(み)、採(と)りて味(あぢは)ふに其(その)風味(ふうみ)の甘美(かんび)なること他(た)に比(ひ)すべくもあらず(廣田鉄五郎・谷本眞司『甘柿禅寺丸栽培法』1911年)
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なお言い伝えによると、今から697年前の昔、建保2(1914)年、武蔵国都筑郡王禅寺村(現在(1911年)の柿生村王禅寺)にある星宿山蓮華蔵院王禅寺というお寺の等海上人が、本堂を再建する用材を選ぶために、お寺の領地である森の奥深くまで尋ね入ったら、柿の老木があった。その柿の美しく大きな実が深い赤色に染まって熟しているのを見て、採って食べてみると、その風味の甘く素晴らしいことは他に比べようがなかった。

道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町
今回の冒頭は、明治末期に出版された『甘柿禅寺丸栽培法(あまがきぜんじまるさいばいほう)』から。「禅寺丸柿(ぜんじまるがき)」は日本最古の甘柿とされ、神奈川県川崎市にある禅寺丸柿の原木と古木6本が国の登録記念物とされています。
日本では古くから、渋柿を干し柿にして食べていましたが、甘柿は中世に入ったころ登場したようです。引用部は、鎌倉時代前期の建保2(1214)年、等海上人が山の中で赤く熟した甘柿を発見したというエピソード。

道の駅ほうほく 山口県下関市豊北町
武蔵国(むさしのくに)都筑郡(つづきぐん)王禅寺村(おうぜんじむら)は、現在の神奈川県川崎市麻生区にありました。この甘柿は禅寺丸柿として江戸時代から明治時代にかけてよく知られるようになり、現在の柿生(かきお)という駅名の由来となったそうです。
道の駅ほうほくにも、今の時期は、禅寺丸柿ではありませんが、甘柿、渋柿、あわせ柿、干し柿が並んでいます。日本古来の風味を、ぜひどうぞ♪